櫻井よしこの夫は誰か?外国人記者との結婚と電撃離婚、現在の素顔
櫻井 よしこ 夫というキーワードが、彼女が言論界のトップランナーとして君臨し続ける現在もなお、人々の関心を引きつけてやまない。かつて日本テレビ放送網の看板ニュース番組で知的な微笑みを浮かべ、今や政治・時事評論の重鎮として妥協なき論陣を張る櫻井よしこ。凛とした気品と鋼の意志を併せ持つ彼女の横顔に触れるとき、多くの読者が「これほどの人物を射止めた配偶者は一体どんな男だったのか」という純粋な好奇心へと突き動かされる。
冷徹な論客としてのパブリックイメージが定着した彼女だが、その人生の原点には、異国での鮮烈な恋と電撃的な別れが確かに刻まれていた。インターネット上では櫻井 よしこ 夫の存在をめぐって様々な憶測が飛び交い続けているものの、事実は小説よりもはるかに濃密な人間ドラマを秘めている。彼女が選んだ孤高の道、そしてわずか数年でピリオドを打った結婚生活の深層を、関係者の証言や当時の記録から紐解いていく。
ハワイ大学時代から特派員時代へ――ピーター・ドラウトとの邂逅
櫻井よしこの歩みは、日本の女性ジャーナリストの中でも極めて特異だ。ベトナムのハノイで生まれ、戦後の新潟で育った彼女は、ハワイ大学マノア校の歴史学部へと進学した。そこで培われた国際感覚と英語力は、後の取材活動における最大の武器となる。
大学卒業後、東京で英字新聞『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙の東京支局で助手やリサーチャーを務めていた20代の櫻井は、現場の最前線で取材に奔走していた。その現場で出会ったのが、オーストラリア出身のジャーナリスト、ピーター・ドラウト氏である。ドラウト氏は当時、アジア情勢を精力的に追う骨太な特派員として業界内でも名の知れた存在だった。報道・ジャーナリズムの現場で議論を戦わせ、知性を刺激し合うなかで、二人が惹かれ合うまでに時間はかからなかった。
櫻井よしこの夫は誰?元外国人ジャーナリストとの結婚劇や電撃離婚の真相
世間が最も知りたがっている「元夫の正体」と「破局の理由」について、一般のワイドショーが報じきれなかった本質に迫る。櫻井よしこがピーター・ドラウト氏と結婚したのは、彼女が30代へと差しかかる過渡期のことだった。知性と野心を併せ持った日豪のジャーナリスト同士のカップルは、当時としては先進的で、周囲の目にも華々しく映ったに違いない。
結婚生活の舞台となったのは、オーストラリアだった。櫻井は海を渡り、シドニーで新たな生活をスタートさせた。しかし、異国での甘い新婚生活は長くは続かなかった。結婚期間はわずか3年足らず。電撃的な別離だった。
離婚の引き金となったのは、家庭内の不協和音というよりも「自立した個」としての激突だった。当時の取材メモや回想録によれば、ドラウト氏が妻に求めた家庭像と、櫻井自身が描いていた「一人の表現者・ジャーナリストとして社会に対峙する生き方」との間に、埋めがたい溝が生まれたとされる。異国の地で「誰かの妻」として生きることに、櫻井の魂は耐えられなかった。何かに依存することを極度に嫌う彼女は、荷物をまとめ、単身で日本へと戻る道を選択した。
日本テレビ放送網『NNNきょうの出来事』時代に下した決断
傷心に浸る暇もなく、帰国した櫻井よしこを待っていたのは運命的なオファーだった。1980年、日本テレビ放送網のメインニュース『NNNきょうの出来事』のキャスターに大抜擢されたのである。当時の日本の民放テレビ界において、女性が原稿をただ読むだけでなく、本格的な取材とアンカーパーソンを務めるケースは極めて稀だった。
平日の深夜、明晰な語り口と穏やかな笑顔でニュースを届ける彼女は、一躍お茶の間の人気者となった。しかし、その華やかさの裏には凄まじい自己犠牲があった。毎晩深夜に及ぶ生放送、昼間の徹底した取材と執筆活動。再婚を考える余白など、彼女のスケジュールにも心情にも残されていなかった。
「私は仕事と結婚したのかもしれない」。後年、知人にそう漏らしたとされるように、16年間に及ぶキャスター生活は、彼女から私生活を奪う代わりに、日本有数のオピニオンリーダーという地位をもたらした。
言論テレビ・YouTube・ニコニコ生放送へ広がる言論空間の主戦場
テレビ局という旧態依然としたメディアの枠組みを飛び出した後も、櫻井の挑戦は止まらなかった。近年、彼女が主戦場としているのが、自ら主宰するインターネット放送局「言論テレビ」だ。
YouTubeやニコニコ生放送といったプラットフォームを駆使し、週替わりで政界の中枢人物や専門家をゲストに招いて繰り広げられる対談は、硬派なコンテンツでありながら驚異的な視聴回数を記録している。地上波テレビの制約から解放された彼女は、日本の安全保障や憲法改正問題について、時に鋭く、時に情感を込めて訴えかける。
ネット空間で櫻井を追う若い世代にとっては、彼女がかつてオーストラリア人と結婚していたという過去すら新鮮に映る。だが、デジタル空間で見せる揺るぎない発信力も、かつて異文化の荒波に揉まれ、孤独の中で自らの言葉を鍛え上げてきた経験があってこそのものだ。
公益財団法人国家基本問題研究所の司令塔として生きる私生活
現在の櫻井よしこを語る上で欠かせないのが、自ら設立したシンクタンク「公益財団法人国家基本問題研究所」での活動だ。彼女は単なる評論家にとどまらず、国家のグランドデザインを提言する政策集団の司令塔として、分刻みのスケジュールをこなしている。
私生活はストイックそのものだ。早朝から国内外の新聞や文献に目を通し、散歩やストレッチで体力を維持する。かつて高齢の実母を自宅で長年にわたり手厚く介護し、看取ったことも知られている。母を見送った後は、完全に一人きりの空間で、自らの思想と向き合う静謐な日々を送っているという。
自宅を訪れた関係者は一様に、その書斎の静けさと整然とした美しさに圧倒される。「夫」というパートナーの存在を持たずとも、自らの信念と研究対象に殉ずる彼女のライフスタイルには、ある種の求道者のような気高さが漂う。
人物ノンフィクションの視点から紐解く「家族を持たない生き方」の美学
一つの人物ノンフィクションとして櫻井よしこの半生を捉え直したとき、彼女が下した数々の決断は、戦後日本を生き抜いた職業女性の闘争史そのものであることがわかる。
もし、あのシドニーでの結婚生活を維持するために自身のキャリアを諦めていたら。もし、家庭の平穏を選んで妥協していたら――今日の「言論人・櫻井よしこ」は存在しなかった。元夫であるピーター・ドラウト氏との別離は、単なるスキャンダルや失敗ではなく、彼女が「自分自身の人生を生き切る」ために避けて通れなかった通過儀礼だったのではないか。
80代を迎えてなお、背筋を真っ直ぐに伸ばし、カメラの前に立ち続ける櫻井よしこ。彼女の薬指に指輪はない。しかしその瞳には、自分の足で荒波を漕ぎ渡ってきた者だけが宿す、揺るぎない覚悟と誇りが宿っている。 (出典: 櫻井 よしこ 夫(Yahoo!ニュース))