志村けんの若い頃が衝撃の美男子!菅田将暉も脱帽した色気と素顔
志村 けん 若い 頃 イケメンというフレーズがSNSのタイムラインや検索トレンドを定期的に賑わせるたび、ある種の痛快さを覚える人は少なくないはずだ。白塗りのかつらを被った「バカ殿様」や、股間から白鳥の首を生やして踊る姿を先に知る世代にとって、セピア色の写真に収まるその青年像はにわかには信じがたいものに映る。切れ長の涼しげな眼差し、彫りの深い端正な鼻筋、そしてロックスターさながらのアンニュイな佇まい。日本中を腹の底から笑わせた怪物は、まぎれもなく息を呑むほどの美男子だった。
昭和から平成、そして現在に至るまで、語り草となる志村 けん 若い 頃 イケメン説は単なる懐古趣味にとどまらず、カルチャーの文脈で幾度も再検証されている。笑いを取るために自ら二枚目の看板を叩き割り、徹底してピエロを演じ切った覚悟。その整った容貌を強烈なギャグの奥へと隠蔽し尽くした先に咲いた芸の深淵に触れたとき、私たちは彼の真の凄みに圧倒されるのだ。
ドリフ加入前の秘蔵写真とバンドマン時代――菅田将暉も演じた美男子エピソードの真相
ネット上で度々拡散され、見る者を釘付けにする1枚の白黒写真がある。長めの前髪をラフに流し、どこか憂いを帯びた瞳でカメラを真っ直ぐ見つめる青年――高校卒業前後の志村けんだ。そのビジュアルは、現在の人気若手俳優やK-POPグループのセンターと言われても違和感がないほど洗練されている。
かつてドラマで若き日の彼を熱演した菅田将暉も、当時の資料や写真に残る志村の佇まいに並々ならぬ色気と気品を感じ取ったと語る。それもそのはず、志村はもともと生粋の音楽青年だった。ビートルズやアメリカのソウルミュージック、ロックに狂乱し、自らもバンド「チャーミングス」を結成してキーボードやギターを演奏していた過去を持つ。当時のミュージシャン特有のスレンダーな体躯とシャープなフェイスライン。その洗練された佇まいこそが、後年の型破りなリズム感やコントの間(ま)の土台となっていた。
渡辺プロダクション黄金期といかりや長介への直訴――付き人時代のシャープな素顔
日本の芸能界が未曾有の熱気に包まれていた1968年、高校卒業を間近に控えた志村は、当代随一の芸能帝国だった渡辺プロダクションの門を叩く。目指したのは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったザ・ドリフターズのリーダー・いかりや長介の自宅だった。雪の降る夜、何時間も直談判のために待ち続けたという逸話は有名だ。
無事に弟子入りを認められ、過酷な付き人生活が始まった。当時の現場写真を見ると、荷物を抱え、先輩たちの後ろに控える志村の姿は精悍そのものだ。無駄な贅肉が一切ない引き締まった輪郭、意志の強さを物語る太い眉。道化を演じる前の彼は、厳しい下積み生活の中で自らの牙を研ぎ続ける、寡黙でストイックな美青年の顔をしていた。
『8時だョ!全員集合』で見せたギャップ――変顔の裏に隠された正統派ビジュアル
1974年、荒井注の脱退に伴い、志村は正式にザ・ドリフターズのメンバーへと昇格する。TBSテレビが誇る伝説の公開生放送番組『8時だョ!全員集合』の舞台に彼が立ったとき、お茶の間が目撃したのは「異色なほど端整な顔立ちの新人」だった。
しかし、志村が選んだのはその容姿に甘える道ではなかった。「東村山音頭」でブレイクを果たした際、彼は自慢の端正な顔を極限まで歪め、白目を剥き、奇怪な奇声を上げて見せた。二枚目の青年が自ら美貌をかなぐり捨てて狂気じみた笑いに身を投じる落差。この圧倒的なギャップこそが、当時の子どもたちや若者たちを熱狂させた起爆剤だったのだ。正統派のハンサムだからこそ、それを崩した瞬間の破壊力は凄まじかった。
『志村けんのだいじょうぶだぁ』とフジテレビ黄金期――哀愁を帯びたコントと色気
やがて時代は移り変わり、フジテレビで冠番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』がスタートすると、彼のビジュアルはさらに円熟味を増していく。番組内で見せる「変なおじさん」や「ひとみ婆さん」といった強烈なキャラクターの合間に、ふと差し込まれるシリアスなショートドラマやパントマイムで見せる横顔は、名画のワンシーンのように美しかった。
仕立ての良いスーツを着こなし、ジャズを愛し、夜の街を愛した男。コントで見せる徹底したおバカぶりの裏側から、時折こぼれ落ちる大人の男の色気とペーソス。女性共演者たちが口を揃えて「普段の志村さんは本当にダンディでかっこいい」と証言していた理由は、テレビ画面の端々からも十分に伝わっていた。
幻の喜劇映画『キネマの神様』からNetflix配信へ――世界が再発見する二枚目の系譜
晩年に至るまで、志村は映画の本格出演を頑なに固辞し続けた。舞台とテレビのコントこそが己の戦場であるという職人気質ゆえだ。それだけに、山田洋次監督がメガホンを取り、菅田将暉との二人一役で主演を務めるはずだった喜劇映画『キネマの神様』は、彼の「映画俳優としての顔」を世に刻むはずの歴史的プロジェクトだった。
現在、イザワオフィスが主導するアーカイブ展開やNetflixなどのグローバル配信プラットフォームを通じて、志村の残したコント作品は国境を越えて視聴されている。海外の視聴者からも、彼の類まれな身体能力や完璧なコメディ理論とともに、初期の映像に見られる端正なルックスを絶賛する声が後を絶たない。美男であることを自ら捨て去り、生涯をかけて笑いの神に魂を捧げた男――その生き様そのものが、今もなお眩いほどの輝きを放ち続けている。 (出典: 志村 けん 若い 頃 イケメン(Yahoo!ニュース))