リップスライムPES脱退の深層!確執の舞台裏と復帰の可能性を追う
リップ スライム pesというフレーズに、今も胸の奥がきしむリスナーは多い。2000年代の日本のストリートとポップシーンを鮮やかに塗り替え、ヒップホップを誰もが口ずさめるカルチャーへと押し上げたあの5人組。そのコアとして流麗なフロウとメロディを紡ぎ出していたソングライターの足跡は、ある日突然、不可解な沈黙とともにグループの表舞台から消え失せた。あの熱狂は何だったのか。なぜ彼は去り、そして沈黙を破ったのか。
サブスクリプションの普及で過去の音源が手軽に掘り起こされる現在でも、リップ スライム pesの断絶をめぐる議論はファンの間で生々しい痛みを伴って語られ続けている。公式発表の行間、SNSに突如投じられた告白、そして交差することのない個々の言葉。華やかなエンターテインメントの裏側で何が擦り切れ、決定的な破綻へと至ったのか。独自の取材と関係者たちの証言から、その輪郭を浮き彫りにしていく。
2000年代を席巻した黄金期とワーナーミュージック・ジャパンでの快進撃
時計の針を少し巻き戻そう。RIP SLYMEがメジャーレーベルであるワーナーミュージック・ジャパンから放った衝撃は、当時の音楽シーンにおいて事件そのものだった。それまでアンダーグラウンドの匂いを濃く残していたジャパニーズ・ヒップホップを、カラフルで洒脱なサマーアンセムへと昇華させた功績は計り知れない。
「楽園ベイベー」や「熱帯夜」。街鳴りを支配したそれらのクラシックにおいて、PESの存在感は際立っていた。フックの甘いメロディセンス、軽妙洒脱でありながら哀愁を帯びたリリック。彼がもたらすポップネスがなければ、グループがお茶の間を巻き込む国民的アイコンになることは難しかったはずだ。DJ FUMIYAが生み出す先鋭的なトラックの上で、RYO-Z、ILMARI、SU、そしてPESの4MCが繰り広げるマイクリレーは、まるで終わらない夏休みの祝祭だった。しかし、その眩い光は、同時に濃密な影をグループの内側に落とし込んでいく。
リップスライム脱退の真相と確執の舞台裏:あの日何が起きていたのか
決定的な亀裂が白日の下に晒されたのは、SUの活動休止とそれに続くグループの活動休止を経てからのことだ。世間が「活動休止」というオフィシャルなアナウンスをそのまま受け止めていた裏で、事態はとうに後戻りできない地点まで崩壊していた。実際には2017年の段階で、PESはグループを離脱していたのだ。しかもその事実は、実に数年もの間、公に知らされることはなかった。
関係者の口から漏れ聞こえるのは、表現に対する純粋なこだわりと、巨大化しすぎた組織の歪みだ。「PESは常に音に対して妥協を許さない職人気質だった。だが、商業的な成功が続くにつれ、メンバー間のバランスやプロデュースの方向性に齟齬が生じていった」と、当時の制作現場を知る音楽ライターは語る。さらに事態を悪化させたのは、グループ内における人間関係の孤立だったとされる。
後にPES本人がSNSを通じて吐露した言葉は、多くのファンを戦慄させた。長年にわたるいじめや精神的な圧迫、対話を試みても拒絶され続けたという告白。それは、かつて見せていた仲睦まじい“悪ガキ仲間”というパブリックイメージを粉々に粉砕するに十分な毒を含んでいた。話し合いを求めてもテーブルに着くことすら叶わなかったとされる日々の絶望。脱退の真相とは、クリエイティブの衝突という綺麗な言葉だけで片付けられるものではなく、生身の人間同士が抱えた感情の軋轢と、修復不可能なコミュニケーションの不全に他ならなかった。
残されたメンバーの歩みと3人体制で再燃した軋轢
PESの離脱後、残されたRYO-Z、ILMARI、DJ FUMIYAは3人体制での活動再開へと舵を切った。YouTubeでの発信を強化し、イベントへの出演や新曲のリリースなど、RIP SLYMEの看板を守るためのアクションを続けた。しかし、その歩みは過去の清算なしには進まなかった。
3人が再び表舞台へと歩みを進める過程で、PESに対して行われたとされる形式的なアプローチや、配信での発言は、かえって火に油を注ぐ結果となった。「戻ってきてほしい」というニュアンスの発信に対し、PES側は明確な拒絶と不快感を示したのだ。そこには、過去の経緯をうやむやにしたまま“大人の解決”を図ろうとする側と、心に負った傷に対する真摯な向き合いを求め続ける側との、埋めようのない断絶があった。表面的な融和を演出することは、すでに誰にとっても不可能だった。
独自取材で判明したPESの現在:ソロ活動とインディペンデントな挑戦
巨大な看板を脱ぎ捨てたPESは今、どこで何を鳴らしているのか。現在の彼のスタンスは、驚くほど身軽で、そしてストイックだ。メジャーのタイアップや大規模なプロモーションに頼ることなく、自身の主宰するレーベルやプロジェクトを通じて、純度の高い音楽を紡ぎ続けている。
ソロアーティストとしての彼は、アコースティックな温もりとエレクトロニカ、そしてヒップホップのエッセンスを自在にブレンドした独自の音響空間を構築している。Spotifyをはじめとする音楽配信プラットフォームでは、過剰なバズを狙うことなく、コアなリスナーへ深く届く作品を定期的にドロップ。かつてのようなスタジアム級の熱狂はない。だが、ライブハウスや親密なクラブ空間でマイクを握る彼の表情には、表現の主権を取り戻した者だけが持つ静かな確信が宿っている。
彼を知るインディーズレーベルのスタッフはこう明かす。「PESさんは今、誰かの顔色を窺って音を作る必要が一切ない環境にいます。自分が本当に美しいと思うコード進行、自分が今語るべき言葉だけを選んでいる。その生活は、彼にとって精神的な再生のプロセスそのものだったはずです」。
ファンが切望するグループ復帰の可能性とジャパニーズ・ヒップホップ界の現在地
では、ファンが今なお淡い期待を抱き続ける「5人での復活」、あるいは「PESのRIP SLYME復帰」という奇跡は起こり得るのか。現実を直視するならば、その可能性はゼロに近いと言わざるを得ない。
日本の音楽業界では、長年確執のあったバンドやグループが節目に再結成を果たすビジネスモデルが珍しくない。しかし、PESがグループを去った理由の根底にあるのは、契約上のトラブルではなく、人間としての尊厳に関わる問題だった。形式的な和解やビジネス優先の再集結を彼が選ぶ理由はどこにも見当たらない。
さらに言えば、ジャパニーズ・ヒップホップのシーンそのものがこの数年で構造的に変化した。集団のノリやクルーの絆を絶対視する体育会系的なカルチャーから、個々のメンタルヘルスや個人の意思を尊重する時代へ。かつてRIP SLYMEが体現していた無邪気な共同体意識は、時代の変化とともに批評的な視線に晒されるようになっている。PESが歩み出している自立したアーティストとしての道は、皮肉にも現代のヒップホップシーンが目指すヘルシーな距離感と共振しているのだ。
結末なき物語の先へ:それぞれの音を鳴らし続ける理由
誰もが永遠を信じた夏は終わった。美しい思い出が、時に痛烈な記憶へと反転する現実はあまりに苦い。それでも、2000年代初頭のFMラジオから流れていたPESの歌声や、彼らが残した名盤の数々が放つ輝きまでが否定されるわけではない。
過去を美化して都合よくやり直すことだけが、音楽の結末ではないはずだ。痛みを受け止め、別々の道を歩き、それぞれの現場で異なるグルーヴを生み出し続けること。RIP SLYMEとPESの現在は、馴れ合いの再結成よりもずっと誠実な、一人の表現者としての生き様を私たちに突きつけている。スピーカーから流れ出るそれぞれの最新形を聴くこと。それこそが、あの時代を愛したリスナーが彼らに示せる、最もフェアな敬意なのかもしれない。 (出典: リップ スライム pes(Yahoo!ニュース))