カンヌの神童から至高の怪優へ――柳楽優弥が歩んだ栄光と再生
柳楽 優 弥 昔の面影を探そうとするとき、誰もがあの14歳の無垢で、どこか観る者の胸元を抉るような鋭い眼差しを思い出す。第57回カンヌ国際映画祭で史上最年少の最優秀男優賞を受賞した少年は、文字通り一夜にして世界の映画史にその名を刻み込んだ。あれから20年以上の歳月が流れた今、スクリーンの中心に立つ男は、当時の危うい輝きをそのままに、途方もない重みと凄みを湛えた怪物的な表現者へと変貌を遂げている。
だが、その歩みは決して平坦なエリート街道などではなかった。世間が抱く柳楽 優 弥 昔の神童という鮮烈な残像の裏側には、過剰な期待による窒息寸前の葛藤、表現者としてのアイデンティティを見失いかけた暗中模索の日々が色濃く横たわっている。一度は光を失いかけ、泥をすするような挫折を経て現場へと這い上がってきた男の肉声と記録を辿ると、単なるサクセスストーリーでは片付けられない、凄まじい執念が浮かび上がる。
カンヌ史上最年少の栄冠がもたらした光と影
2004年、無名の少年が世界最高峰の映画祭を揺るがした。是枝裕和監督の映画『誰も知らない』。育児放棄された過酷な現実に生きる長男・明を演じた柳楽優弥は、トニー・レオンら名だたる世界的名優を退け、カンヌ国際映画祭の主演男優賞を手に取った。当時14歳。日本人の受賞としても史上初という快挙に、日本中が狂乱した。
芸能事務所スターダストプロモーションに所属したばかりで、演技経験などほとんどなかった。オーディションで是枝監督が「目に強い印象があった」と直感したその瞳は、観客の心に焼きついて離れなかった。だが、その巨大すぎる名誉は、思春期の少年にとってあまりに重い足枷でもあった。「カンヌ俳優」という肩書きが一人歩きし、周囲の視線は過熱していく。芝居の基礎を学ぶ前に世界の頂点を極めてしまったという逆説が、彼を深い孤独へと追い込んでいった。
柳楽優弥の昔の姿に迫る!カンヌ快挙から苦悩と電撃復活の歩み
栄光の熱狂が去った後、10代後半から20代前半にかけて訪れた空白期は過酷を極めた。作品に出演しても「あのカンヌの少年」という色眼鏡で見られ続ける重圧。「自分は本当に俳優なのか」「求められているのは過去の幻影ではないか」という自問自答が続き、精神のバランスを崩していく。体重は一時80キロを超え、かつての面影を覆い隠すほどに膨れ上がった。
役者の道を諦めかけた彼は、芸能界の喧騒から逃れるように一般社会へ飛び込んだ。車の洗車工場で働き、居酒屋で注文を取る日々。芸能界という閉じた箱庭から抜け出し、汗を流して他者と接するなかで、彼は「普通の人々のリアルな息遣い」を肌で知ることになる。客に理不尽に怒鳴られ、同僚と缶コーヒーを飲み交わす日常が、空虚だった彼の心を少しずつ満たしていった。
転機となったのは、舞台演出家・蜷川幸雄との出会いだ。厳しい稽古場で容赦なく罵倒され、自尊心を粉砕されながらも、彼は舞台『海をゆく者』で己の肉体を極限まで追い込んだ。贅肉を削ぎ落とし、舞台上で魂を叫ばせたとき、かつての「神童」は死に、泥臭く強靭な「役者」が電撃的に産声を上げたのだ。
挫折と空白期を支えた事務所の眼差しと「普通の生活」
多くの若手俳優が早熟な成功の後に消えていくなか、彼が完全に呑み込まれずに済んだ背景には、所属事務所であるスターダストプロモーションの存在も大きい。目先の話題作で消費し尽くすのではなく、彼が壊れかけた時期に歩みを止めさせ、人生の立て直しを待つ寛容さがあった。
また、若くして築いた家庭も大きな錨となった。守るべきものができたことで、他人の評価や世間の雑音に惑わされる必要がなくなった。「仕事がないなら、バイトをして家族を養えばいい」。そう腹を括った瞬間に、自らを縛り付けていたカンヌの呪縛が解けたという。日常の尊さを知る男の芝居は、理屈を超えた説得力を帯び始めていた。
『浅草キッド』とNetflixが証明した唯一無二の身体性
完全復活を遂げた柳楽が、その実力を決定的に知らしめた作品がNetflix映画『浅草キッド』だ。昭和の浅草を舞台に、ビートたけしの若き日を演じたこの極上のヒューマンドラマで、彼は驚くべき身体的変容を見せた。
たけし独特の首を傾げる癖、早口の喋り、タップダンスのステップ。徹底的な反復練習によってその魂を肉体に宿らせた演技は、単なるモノマネの領域を遥かに超越していた。師匠である深見千三郎に認められたいともがく少年の繊細さと、時代の寵児へと駆け上がる不敵な熱量。傷つき、もがき、這い上がってきた自身の人生をそのまま投影したかのような熱演は、世界中の視聴者を圧倒した。
『ガンニバル』で世界を震撼させる怪演とディズニープラスの野望
ヒューマンドラマで深みを見せた彼のもうひとつの真骨頂、それが狂気と隣り合わせのサスペンスである。ディズニープラス「スター」で世界配信されたメガヒットドラマ『ガンニバル』において、彼は閉鎖的な村の闇に飲み込まれていく警察官・阿川大悟を演じた。
家族を守るための正義が、暴力を通じて徐々に加虐的な狂気へと変貌していくグラデーション。殴り合いの中で見せる凶暴な笑み、血走った眼光の圧倒的なリアリティ。これまでの日本映画の枠組みを軽々と破壊するダイナミックな演技は、海外の批評家からも絶賛を浴びた。今や彼は、世界水準のサスペンスを牽引できるアジア屈指のフロントランナーとして君臨している。
傷跡を武器に変えた表現者――日本映画を牽引する現在地
昔の柳楽優弥が放っていたのは、壊れそうなガラス細工のような危うい美しさだった。だが現在の彼は、幾度も割れ、その破片を自らの血で繋ぎ合わせた陶器のような、力強い歪みと艶をまとっている。
かつて自分を苦しめた「カンヌ」という巨大な名声さえも、今や彼にとっては笑って振り返ることのできる通過点に過ぎない。美少年としての早すぎる栄冠、奈落の底でのもがき、そして自力で掴み取った表現の自由。傷跡のすべてを唯一無二の武器へと昇華させた柳楽優弥のスクリーンは、これからも観る者の心を激しく揺さぶり続ける。 (出典: 柳楽 優 弥 昔(Yahoo!ニュース))